The VVitch: A New-England Folktale

高橋諭治の《輸入盤が恐ろしい!》

第1回『The VVitch』

映画の世界は劇場よりもネットよりも広い。気になる映画に国境ナシと海外ソフトのチェックを怠らない映画ライター、高橋諭治が送る輸入盤レポート!

 2016.8.08

不気味にしてアーティスティックな怪奇民話の世界に浸れる魔女ホラー

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インディペンデント映画で歴史ものを撮るのは難しい。美術も衣装もとにかく金がかかるし、何世紀も前の庶民の生活様式を綿密に考証して映像に反映させるなんて至難の業だ。しかし絶対に不可能というわけではない。歴史ものからイメージされる“壮大なスケール”をすぱっと捨て去り、ストーリーもプロダクションのサイズも全部コンパクトにしてしまえばいいのだ。
 

そうした方針のもとで作られたであろうロジャー・エガーズ監督の長編デビュー作『The VVitch: A New-England Folktale』は、17世紀のアメリカ・ニューイングランド地方を舞台にした魔女ホラーである。というと1692年にこの地で約200人の村人が魔女として告発された“セイラムの魔女裁判”事件がすぐさま思い起こされるが、本作はそれ以前の1630年に時代を設定。清教徒のコミュニティーを追放されたある家族が、魔女が住む森の近くに移り住んだために破滅的な運命をたどっていくというお話だ。
 

今年2月の全米公開時に興収チャート初登場4位を記録した作品なので、それなりに派手でキャッチーな娯楽性のあるホラーだろうと想像していたのだが、本編を観てびっくり仰天。これはですね、完全にアートハウス向けの作品ですよ。限りなくモノトーンに近いほど彩度を抑えたゴシック調の映像といい、静寂の不気味さを踏まえて設計された繊細な音響効果といい、およそポップコーンを片手にキャーキャー楽しむタイプのホラーではない。こういう作家性の強いインディーズ・ホラーがシネコンでかけられて興収トップテンに3週も食い込むスマッシュ・ヒットを飛ばした事実も凄いが、そもそも商業的実績のない新人監督のオリジナル脚本に基づく魔女ホラー企画に350万ドルもの製作資金が集まることも凄い。
 

中年夫婦とその5人の子供は、新天地で次々と厄災に見舞われる。まず主人公である十代の長女トマシンが森の入り口で生まれたばかりの末っ子をあやしていると、「いないいないバア」の最中にその子が忽然と消えてしまう。その後もトウモロコシの不作、狩猟中の事故、長男の失踪などの凶事が相次ぎ、ついには長女に魔女ではないかとの理不尽な疑惑の目が向けられる。“セイラムの魔女裁判”は社会的な集団ヒステリーの代表的な症例としても有名だが、本作は現代にも通じるであろうその異常心理テーマをひとつの家族の崩壊劇によって表現している。
 

などともっともらしいことを書きつつ、筆者が本作を大いに気に入った理由は、あらゆるショットに不穏なムードを吹き込んだ作り手が、シュールなまでに奇怪な出来事、すなわち超常現象を堂々と映像化しているところにある。すべての悪夢のような出来事は登場人物のヒステリー、もしくは幻覚に因るものだとも解釈できる余地を残しながら、呆気にとられるようなタイミングで魔女を画面に出現させ、理屈を超えた怪奇民話の世界に観る者を誘ってくれる。また、この映画にはさまざまな動物が登場するが、とりわけ悪魔を連想させる禍々しく巨大な角を持つ黒山羊の動向から目が離せない。
 

ちなみに筆者は、本作を米国盤ブルーレイにて英語字幕を表示させて鑑賞したが、見たことのない単語がチラホラ目についた。17世紀におけるイングランドからの入植者の言語を再現したと思われるそれらのセリフは、おそらく英語ネイティブの人もヒアリングに苦労するのではあるまいか。本来は『The Witch』のはずの題名が『The VVicth』になっている点も意味ありげで面白い。サンダンス映画祭で監督賞を受賞。

作品データ

製作年:2015

製作国:USA, UK, Canada, Brazil

言語:英語

時間:92分

原題:The VVitch: A New-England Folktale

監督:ロジャー・エガーズ

脚本:ロジャー・エガーズ

出演:Anya Taylor-Joy, Ralph Ineson, Kate Dickie

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