またの名をグレイス
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人生において、「真実」はどのくらい大事なものだろう。
例えば恋人が浮気している疑惑があるとする。この頃態度がどうも冷たい、または妙に優しい。ケータイを見る回数が増えたし、どこかソワソワしている気も…。
日ごと疑念は深まるばかり。そしてある日、悩み疲れたあなたは恋人に問う。「絶対に怒らないから本当のこと教えて」
この時あなたは真実に辿り着けるだろうか。あるいは本当に辿り着きたいと思うだろうか?
仮に恋人が浮気を認めたとする。誰? いつから? どのくらい? 細かいことを問いただしたくなる一方で、嘘でもいいから「一度食事しただけ」と言ってほしいと願う。絶対怒らないなんてそれこそ絶対に嘘だから、いっそ、こちらが安心できる嘘を完璧についてほしい。騙し切ってくれるなら、その嘘、真実にしてもいいわ。
人の心は複雑で、真実を求める気持ちと、信じたいものだけを信じたい気持ちは同居している。それは迷路のように入り組んで、自分でもどちらを求めているのか分からない。そんな迷路に誘い、全6話にわたり心をかき乱すのが、Netflixで配信中のドラマ『またの名をグレイス』だ。
19世紀のカナダ。悪名高き女殺人犯グレイス・マークス(ガドン)は、女中として働いていた家の主人とその愛人を殺した罪で、もう15年ものあいだ投獄されている。だが当時まだ16歳のうら若き乙女グレイスが、本当にそんな凶悪な事件を起こしたのだろうか? 心神喪失状態だったか、あるいは誰かに罪を着せられたのでは…。
彼女の無罪を信じる人権派の赦免委員会は、もう一度グレイスから真実を引き出すため、精神科医サイモン(ホルクロフト)を迎える。ドラマは彼がグレイスの証言を引き出していく形で、彼女の回想シーンを中心に描かれていく。
父親に虐待されていた少女時代、親友に起こる悲劇、そして核心となる事件…グレイスの口から語られる半生はあまりにも過酷で、この不幸で純真な美少女が後に殺人を犯すとはとても思えない。
だが、それらの出来事を冷静に、あたかも物語を読むかのように語っていくグレイスは、時折サイモンの反応を見ては言葉を選び、口をつぐんだり話題を変えたりする。それが彼への警戒心からくるものなのか、真実を隠蔽しようとしているのかは分からない。
もしかするとサイモンに合わせて「彼が望むようなお話」に作り替えているのかもしれない。また、グレイスの脳裏にたびたび事件のフラッシュバックが起きるが、それも実際に体験した記憶なのか、彼女の妄想なのかも分からない。
裁判時の供述と、サイモンへの証言、彼女の心中で囁かれるモノローグが交錯して描かれるので、観ているこちらは絶えず気持ちを惑わされてしまう。そして供述を聞いているサイモン自身もまた、たぐいまれなる美貌を持つグレイスに惹かれ、あらぬ妄想と共に真実の迷路をさまよい始め――。
原作は1843年に起きた事件を基にした同名小説。著者マーガレット・アトウッドは今最も注目されているドラマ『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』(’17〜/Huluで配信中)の原作者でもある。
『またの名はグレイス』と、近未来のディストピア世界を描く『〜侍女の物語』に共通しているのは、どちらも女性が抑圧され、虐げられている世界という点だ。
今、アメリカでアトウッドの小説が連続でドラマ化される背景に、セクハラや差別問題がたびたび取り沙汰されるトランプ政権の影響があるのは想像に難くない(編集部注:記事執筆は2018年9月)。一話二話と観続けるうちに藪の中へと誘われるグレイスの供述。その心の深い森には、真実よりも、抑圧され続けた「怒り」のようなものが渦巻いている気がするのだ。
彼女は悲劇のヒロインか、それとも魔性の女か? あるいは、今も昔も変わらず差別と偏見にまみれた社会の中で、真実を巧みに操って、したたかに生き抜こうとするサバイバーなのかもしれない。
※Netflixオリジナルシリーズ『またの名をグレイス』独占配信中
【視聴リンク】
https://www.netflix.com/title/80119411
*本レビューは雑誌「DVD&動画配信でーた」(KADOKAWA)2018年12月号の「厳選 動画配信の掘り出しモノ」コーナーに掲載された記事の再掲となります。
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内容・あらすじ
19世紀のカナダ。美しい女殺人犯グレイスは、彼女の冤罪を立証しようとする者たちが迎えた精神科医のサイモンに向かって自身の壮絶な半生を語り始める――。実話を基にしたNetflixオリジナル・ドラマ。