アマンダ・ノックス

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欧米メディアが舞い上がった“伊ペルージャ女子大生殺し”の顛末。『アマンダ・ノックス』

若く美しい殺人容疑者を、マスコミがこぞって魔性のセックス・モンスターに仕立て上げた“ペルージャ・イギリス人留学生殺害事件”。この事件の驚くべき成り行きと裏側を、渦中のヒロイン、アマンダ・ノックス本人のインタビューを交えて映像化したクライム・ドキュメンタリー!

 2016.10.03

人の命の尊さは誰もが等しいはずだが、あらゆる殺人事件が均等にニュース化されるわけではない。大々的に“別格扱い”されるのは、大量殺人や連続殺人、被害者もしくは加害者が有名人だったりするケース、または保険金殺人やストーカー殺人といった極めて社会的影響が大きい事件である。
 
2007年にイタリアの古都ペルージャでイギリス人留学生メレディス・カーチャーが殺害された事件は、上記のどれにも当てはまらないにもかかわらず、今世紀において最もセンセーショナルに報じられた殺人事件のひとつとなり、別の意味で“社会的影響の大きな事件”となった。現地に押し寄せた欧米メディア(主に被害者の母国であるイギリスのタブロイド紙)は猛烈な取材合戦を繰り広げ、何冊かのノンフィクションが出版され、ドキュメンタリーやTVムービーも製作された。
 
2015年秋に日本でも公開されていたマイケル・ウィンターボトム監督の『天使が消えた街』(14)もそのひとつ。ただし良識あるウィンターボトムは既存のマスコミ報道とは一線を画し、事件の映画化を試みようとする若き映画監督の葛藤にフォーカスした。それはそれで見どころのある人間ドラマになっていたが、意図的に犯罪ミステリーにするのを避けたため、事件そのものが脇に追いやられた感は否めなかった。
 
なぜ、この事件にメディアとその読者が舞い上がったのか。ペルージャ警察が逮捕した容疑者のアメリカ人留学生アマンダ・ノックスが、若くとびきり美人だったからだ。「そんな馬鹿な?」と思う向きもいようが、本当に理由は“ほぼ”それだけだ。被害者のカーチャー(彼女も美しい女性だった)はナイフのようなものでノドを深く切り裂かれて死亡したが、現場の状況から乱交パーティーやドラッグ絡みの事件であることが疑われた。
 
逮捕されたのはカーチャーのルームメートであるアマンダと、アマンダが付き合い始めて間もないイタリア人の恋人ラファエル・ソレシト、アマンダのバイト先のバー経営者パトリック・ルムンバ。このうちルムンバはアリバイが証明されて釈放され、のちにアマンダの顔見知りのコートジボアール人男性ルディ・グエデも逮捕された。
 
その後の二転三転した裁判経過に関しては、ウィキペディアで「ペルージャ英国人留学生殺害事件」を検索して参照してほしい。もちろん検索をすっ飛ばして、いきなり本作を観ても構わない。また、アマンダがどれほど美人なのか気になる人は、これまたネットで画像検索などせず、すぐさま本編を観るといい。事件発生時よりもずいぶん大人びた“現在”の彼女が、カメラの前でじっくりとインタビューに答えているからだ。元恋人のソレシトもアマンダとは別収録で出演している。
 
そのほか本作には重要な事件関係者がふたり出演している。ひとりは捜査を担当したペルージャの主任検事ジュリアーノ・ミニーニ。彼は当時を振り返り、さまざまな自説をやたら自信ありげに披露するが、「(部屋に裸で横たわっていた)被害者の遺体には布団が掛けられていたが、犯人が男ならそんなことはしない」などの根拠不明の決めつけとしか思えない発言がチラホラ。この人物が指揮した初動捜査のずさんさ、世間の目を気にして性急な容疑者逮捕に走ったことが、事件混迷の重大な要因となった。
 
そしてもうひとりはイギリスのデイリー・メール紙の記者ニック・ピサ。彼は“死の乱交ゲーム”などの扇情的な見出しの“スクープ”を署名入りで書きまくり、事件を昼メロさながらの一大スキャンダルに仕立て、とことんアマンダを食い物にした。いくら出演料をもらったかは知らないが、本作のインタビューに応じたピサは、おそらく作り手の期待以上にカメラの前で“不屈の記者魂”を発揮している。スクープという名のでっち上げを連発した報道責任に関するピサの開き直った言い訳は、本作のハイライトのひとつだ。きっと観た者すべてが口あんぐりとなるだろう。
 
アマンダ本人が出演していることからも、最終的に彼女が無罪を勝ち取ったことは容易に想像がつくはずだ。要するに冤罪である。唯一、有罪が確定して服役中のルディ・グエデが真犯人かどうかも大いに怪しい。人生を狂わされたアマンダもソレシトも、カーチャーの遺族も途方に暮れるしかない。冤罪を題材にしたドキュメンタリーは「こんな悲劇を繰り返してはならない」という教訓のもとに作られるのが常だが、本作はただやるせない余韻を残して幕を閉じる。そのどうしようもない虚しさを伝えることが、あの事件の狂騒をとっくに忘れてしまった世間へのささやかな抵抗であるかのように。
 
〈予告編〉 

 
※Netflixにて配信中

作品データ

製作年:2016年

製作国:デンマーク、アメリカ

言語:イタリア語、英語

時間:92min

原題:Amanda Knox

監督:ロブ・ブラックハースト、ブライアン・マッギン

出演:アマンダ・ノックス、他