ジェイク・ザ・スネークの復活

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“蛇使いレスラーVS心の闇” 赤裸々な感涙ドキュメンタリー

プロレスに取り憑かれ、ドサ回りの日々を続けて酒とドラッグに溺れたかつてのスター選手。ミッキー・ローク主演の『レスラー』を地で行くような(むしろ『レスラー』の元ネタ的な)転落人生をたどったジェイク・”ザ・スネーク”・ロバーツ。掃いて捨てるほど転がっている落伍者のリハビリ生活が、尋常じゃなく感動的なドキュメンタリー映画になっていた!

 2016.8.20

アメリカンプロレスの光と闇を白日のもとにさらけ出した傑作ドキュメンタリー『ビヨンド・ザ・マット』(1999)で、プロレス界の暗黒面を一手に引き受けていたのがジェイク・ロバーツ。リングに大蛇を持ち込むギミックで“ザ・スネーク”の異名を取った伝説のレスラーだ。

 

卓越した才能を持つスターレスラーでありながら深いトラウマを抱えて酒とドラッグに溺れ、プロレス界の最大手WWF(現WWE)を追われてドサ回りの荒んだ生活に埋没していたのは『ビヨンド・ザ・マット』で描かれた通り。『ジェイク・ザ・スネークの復活』は、文字通りどん底にまで墜ちたロバーツの“その後”を描いた密着ドキュメンタリーなのである。

 

おそらくここまで読んで「プロレスに興味ないし」とか「ジェイク・ロバーツって知らねえし」と思った人もいるだろう。しかしそれで見逃してしまうのはあまりにももったいない。誇張でなく、筆者が今年観た中で一番本作に心を揺さぶられたかも知れない。

 

作品の骨子はシンプル。ロバーツを兄とも師匠とも慕う後輩レスラー、ダイヤモンド・ダラス・ペイジ(通称DDP)がロバーツの落魄に心を痛め、アルコールとドラッグの依存症から更生させようと誓う。家族から見放され、長年蓄積された身体へのダメージと肥満とでまともに歩くことすらできないロバーツを、自宅に引き取って救済しようと試みるのだ。

 

この時点でロバーツは50代後半のはずだが、死を待つばかりの老人にしか見えない。1歳下のDDPがやたらと若々しいせいもあるが、衰弱した哀れな姿を観るのは辛い。それでも目が離せないのは、希望を持つことを諦めた男が放つ強烈な負のオーラゆえ。「悪夢ばかり見る、夢の中ではオレはいつも小さな鳥なんだ」と弱々しく語るロバーツに往年の栄光を見出すことはほとんど不可能だろう。

 

DDPの更生プログラムは単純にして明快だ。腐ってもロバーツは伝説のレスラー“ザ・スネーク”。厳しいトレーニングで心身ともに健康を目指せばいい。バカみたいにも聞こえるがDDPは大マジだ。“DDPヨガ”なる健康法を提唱してワークアウトビデオまで出している健康オタクが、不摂生の権化のようなロバーツをスパルタ方式で叩き直す。レスラー同士だからこそのフィジカルなアプローチと言うほかない。

 

タイトルの通りロバーツは「復活」へと近づいていくのだが、依存症克服への道は気が遠くなるほど険しく厳しい。1歩進んだと思っても突然2歩も3歩も下がってしまう。こうなるともはやプロレスラーのドキュメンタリーではない。深刻な依存症との戦いを描いたヘビーな闘病ドラマだ。それが通り一遍のお涙頂戴な美談で終わらないのは、ロバーツもDDPもカメラの前で自らを取り繕うことなく、弱さも強さもまるごとさらけ出しているからだろう。

 

正直これがフィクションなら、依存症の男が「ネバーギブアップ」と書かれたTシャツを買うだなんてくだりはギャグにしかならない。しかしロバーツの闇の深さを踏まえて観れば、このバカみたいなポジティブTシャツを笑うことはできなくなる。「ロイヤルランブルに出る!」と夢のようなことを言い出すロバーツの無謀な希望も応援せずにいられない。

 

ただ中毒症状で不安定になったロバーツが「スコット・ホールに髪がないと言われて傷ついた!」とむせび泣くくだりにはさすがに笑ってしまった。が、それも切なさと背中合わせの笑いだと言い訳しておく。たぶん監督は「すげえ面白い場面が撮れちまったよ!」と興奮していたに違いないけれど。

 

本作はリアルな人間が息づいたディープな人生のドラマであり、熱い友情が生み出した奇跡の物語であり、感情の大波が幾度も押し寄せる“精神の冒険映画”だ。オッサン同士のハグがこんなにも美しく思える映画は他にない。Netflixで観られる作品の中でも最高傑作のひとつだと思うのは、決して筆者がアメリカンプロレスに思い入れがあるからだけではないはず。

 

とはいえ「事前の予習したい人には、前述の『ビヨンド・ザ・マット』を先に観ておくと感動が2倍、3倍になりますよ」とつい余計なお勧めをしてしまうのだが、いずれにせよ必見。興奮まじりに言うけれど、マジで必見ですよ!

 

※iTunesにてレンタル、セルのダウンロード販売(2018年11月現在)

内容・あらすじ

2008年、インディーズのプロレス団体の地方興行に出演したプロレスラーのジェイク・ロバーツは、酩酊状態でリングに上がり、わずか30秒で敗北。必殺技のDDTすら見せないロバーツに観客は激怒し、ネット上では再起不能と騒がれる。ロバーツとは旧知のレスラー、ダイヤモンド・ダラス・ペイジは、ロバーツを救うために奇妙な同居生活を始めるが……。主軸となるのはロバーツとダイヤモンド・ダラス・ペイジ、そしてスコット・ホールだが、スティーブ・オースチン、クリス・ジェリコらWWEの大物スーパースターたちも取材に応じ、ロバーツへのリスペクトとプロレス界の内実について語っている。

作品データ

製作年:2015

製作国:アメリカ

言語:英語

時間:93分

原題:The Resurrection of Jake the Snake

監督:スティーヴ・ユー

出演:ジェイク・ロバーツ、ダイヤモンド・ダラス・ペイジ、スコット・ホール、クリス・ジェリコ、スティーヴ・オースティン、ほか

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