ニューヨーカーの暮らし方 / HOW TO WITH JOHN WILSON

ShortCuts編集部

フィクションとノンフィクションとの境目を攻めるアメリカのコメディトレンド『ニューヨーカーの暮らし方 / HOW TO WITH JOHN WILSON』

アメリカではどうも、「ドキュメンタリーなの? ドラマなの?」と混乱してしまうような番組がにわかに流行っているらしい。これらがよくあるリアリティ番組と少し違っているのは、「演出は多々入っているだろうがまあそんなもんだよな」と割り切って観ることができないところ。これはどこまで台本なのだろうか? こんなに明らかに台本がありそうなシーンをなぜ堂々と入れてくるのだろうか? と考えてしまうところまでがセットで鑑賞体験となっているのだ。

 2023.11.17

ニューヨーカーの暮らし方 / HOW TO WITH JOHN WILSON
コンテンツ飽和状態の近年、クリエイターたちは「フィクションとノンフィクションとの境目を攻める」ことで生まれる面白さに改めて活路を見出したのかもしれない。そのアプローチは、人の善性や温かさにスポットを当てるもの、逆に欺瞞を暴くもの、ひたすら混乱させるものとさまざまだ。

『続・ボラット』監督が着目した“普通の男”「Paul T. Goldman(原題)」

今年始めに話題になった配信サービスPeacockのオリジナルシリーズ「Paul T. Goldman(原題)」は、「元妻が実は売春婦で、国際的な人身売買組織に関わっている」と信じて疑わない男性が主人公。彼が自身の調査と想像力で味付けした自伝的小説の内容を本人主演のドラマとして再現しつつ、関係者インタビューを交えて、あくまでも真相を探るドキュメンタリーの体で進める。彼はどこまで本当のことを言っているのか、そもそも作り手に真相を探る気はあるのか。誰の真意もなかなか見えないまま、事態は思わぬ方向に向かう。監督のジェイソン・ウォリナーはアカデミー脚色賞にもノミネートされたモキュメンタリーコメディ『続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画』も手がけていると知れば、今作も相当な問題作なのではと感づく人も多いだろう。

一人を除いて全員が俳優「ジューリー・デューティ ~17日間の陪審員体験~」

日本国内でもAmazon Prime Videoで配信された「ジューリー・デューティ ~17日間の陪審員体験~」は、一人の陪審員に選ばれた(と思っている)男性に仕掛けられたいわば“ドッキリ企画”だ。男性には陪審員制度についてのドキュメンタリーを撮っていると説明しているが、実は周りの陪審員や判事、容疑者、弁護士、廷吏まで全員が役者で、基本的には台本に沿いながらも男性の反応に合わせて即興で演技。『ソニック・ザ・ムービー』のジェームズ・マースデンが本人役で陪審員の一人として出演し、自身の“自意識過剰バージョン”を生き生きと演じている。

スタッフによると、この番組はシットコム「ジ・オフィス」と「The Joe Schmo Show(原題)」をかけ合わせたようなイメージで作られている。後者は2003年に放送された“ドッキリ企画”の先例で、マット・ケネディ・グールドという一人の男性をターゲットに作られたコンテスト型のフェイクリアリティ番組。「ジューリー・デューティ」同様彼以外の出演メンバーは全員役者だ。当初は何も知らない彼を笑いの対象にしていたが、ほかのメンバーの脱落に心を痛めたり、誤って怪我をさせてしまったメンバーに賞品を譲ろうとしたりと、その優しい人柄が視聴者の心を打ち、だんだんと番組のトーンを変更させることとなった。

最終的にマットは称賛され、種明かしとともに10万ドルの賞金と副賞を手に入れる。彼はその後長年「周囲の人は自分をバカにしているのではないか」との思い込みに苦しんだが、番組出演について誰にも悪く言われることがなかったことから、現在は心の折り合いがついたと語っている。ちなみに、この番組で怪我をしたメンバーというのは、後に「サタデー・ナイト・ライブ」のレギュラーとなりスター街道を駆け上るクリステン・ウィグだ。

ジューリー・デューティ」の作り手は、ドッキリのターゲットであるロナルド・グラッデンを笑いの対象とせず、最初からヒーローに仕立てていきたかったと語っている。「The Joe Schmo Show」の経緯から、一般人を長期間騙してジョークのネタにするような企画はもう不可能でも、“良い人”として描くならいけるのではと考えたのだろう。彼が実際に期待するような行動を取ってくれるかはある種賭けだったわけだが、彼の人柄だけでなく、台本と俳優たちの巧みな即興演技によるお膳立ての賜物ともいえる。

やりすぎにもほどがある「リハーサル -ネイサンのやりすぎ予行演習-」

リハーサル -ネイサンのやりすぎ予行演習-U-NEXTで配信中の「リハーサル -ネイサンのやりすぎ予行演習-」は、一般人に告白や子育てといった人生のイベントをリハーサルする機会を提供し、本番に備えようというもの。地味なリアリティ番組のようだが、告白に使うバーと細部までそっくりな内装のセットをスタジオに建ててしまう徹底ぶりで、過剰なこだわりどころに笑ってしまう。さらには子育てのプロセスを手早くシミュレーションしたいがために新生児から幼稚園児まで子役を次々と入れ替えたり、リハーサルに協力してくれる俳優たちに向けた研修を効果的に進めるために、ホスト自ら俳優の立場になってリハーサルしてみたりと、だんだんと様子がおかしくなってくる。

リハーサル -ネイサンのやりすぎ予行演習-

リハーサル -ネイサンのやりすぎ予行演習-飄々とした語り口でこの番組を進めるのが、ショーランナーも務めるネイサン・フィールダー。高校時代はセス・ローゲンと同じ即興コメディグループに属していたというカナダ出身のコメディアンで、おかしなアイデアでさまざまな中小企業ビジネスにテコ入れしようとするComedy Centralのリアリティ番組「Nathan For You(原題)」が2013年~2017年まで4シーズン続くヒットとなった。彼の掴みどころのない妙な穏やかさが、どちらのシリーズにも可笑しみとクセになる居心地の悪さをもたらしている。

すべての変わり者たちと街へのラブレター「ニューヨーカーの暮らし方 / HOW TO WITH JOHN WILSON」

ニューヨーカーの暮らし方 / HOW TO WITH JOHN WILSON今回紹介する作品の中でもひときわ優しい眼差しをカメラの奥から感じる『ニューヨーカーの暮らし方 / HOW TO WITH JOHN WILSON』は、前述のネイサン・フィールダーが発掘したドキュメンタリー作家ジョン・ウィルソンのビデオエッセイのような作品だ。

ネイサンと似た穏やかな語り口を持つ彼は、自称「心配性のニューヨーカー」。U-NEXTで配信中のシーズン2では、「駐車スペースを見つける方法」「電池の正しい処分方法」「夢を思い出す方法」といった細かいことを気にしてしまう人なら共感するような日常の脈絡のないトピックからあちこち脱線し、ニューヨークの思わぬ場所に連れて行ってくれる。

心配性とはいっても、常に好奇心を持ってどこにでも足を踏み入れてみる姿勢と街や人への愛情ある目線が、毎話終盤にはコミュニティや都市計画、人生、自己肯定感などについての鋭い考察につながっている。アメリカ版『大家さんと僕』のようなイタリア系の大家のおばあちゃんとの交流も微笑ましい。飾らず、しかしクリエイティブで哲学的な瞬間にあふれたこの作品には、周りの人と関わってみよう、自分もカメラを持って街へ繰り出そうと思わせてくれる力がある。
ニューヨーカーの暮らし方 / HOW TO WITH JOHN WILSON

本国ではシーズン3が放送・配信されたばかりだが、それに先立って現職のニューヨーク市長からイベント出演依頼の電話まであったという。

source-HOJ204060821TW000129この番組は一見、前述の他番組と比べるとよりリアルなドキュメンタリーに近い。ここで話をややこしくしているのが、プロデューサーを務めるネイサンの存在だ。彼の「リハーサル」や「Nathan For You」を観ていると、「ニューヨーカーの暮らし方」もこちらが思う以上に演出が入っているのではと疑わずにいられない。

以前より倫理面に意識的になっているとはいえ、リアリティ番組で昨今問題になっている出演者のケアや、一般人の言動をエンタメとして消費すること、“ヤラセ”の範囲を明かさないことの是非に関する議論から、これらの作品が逃れられているわけではない。このままさらに革新的な番組が生まれ続けることを望んでいいのか、立ち止まって考えるべきなのか。視聴者と作り手の双方が、より多くのフィードバックを得られることを期待したい。

Paul T. Goldman(原題)」
2023/Peacock
元妻が犯罪者だと主張するポール・フィンクルマンという男性の半自伝的自主出版本をベースに、本人のインタビューや再現ドラマでその人生を追う。

ジューリー・デューティ ~17日間の陪審員体験~
2023/Amazon Freevee/(原題)Jury Duty
Amazon Prime Videoで配信中
陪審員に選ばれた(と思っている)1人の男性と13人の陪審員役の俳優たちが隔離生活を過ごす様子を、ドキュメンタリースタイルで映す。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0B8JNG4YP

リハーサル -ネイサンのやりすぎ予行演習-
2022/HBO/(原題)Rehearsal
U-NEXTにて見放題で独占配信中
コメディアンのネイサン・フィールダーが、一般人に人生の重要な場面をリハーサルする機会をつくる。
https://video.unext.jp/title/SID0079285

ニューヨーカーの暮らし方 / HOW TO WITH JOHN WILSON」(’21)
シーズン2、U-NEXTにて見放題で独占配信中
https://video.unext.jp/title/SID0067544

© 2022 Home Box Office, Inc. All rights reserved. HBO® and all related programs are the property of Home Box Office, Inc.
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内容・あらすじ

ドキュメンタリー作家で自称「心配性のニューヨーカー」のジョン・ウィルソンが、不動産投資やワインの嗜み方といった6つのテーマについて掘り下げながら、ニューヨークの街のさまざまな営みを切り取る。

作品データ

製作年:2021年

製作国:アメリカ

言語:英語

原題:How To with John Wilson

監督:ジョン・ウィルソン

脚本:ジョン・ウィルソンほか

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