『ヘンリー・フール』『フェイ・グリム』『ネッド・ライフル』

ShortCuts編集部

ついに全貌が明かされた三部作はハートリー流の社会派クロニクル 「ヘンリー・フール・トリロジー」

クラウドファンディングによってついに日本語字幕が実現したハル・ハートリー監督の「ヘンリー・フール三部作」。長らく日本では幻の作品だったが、ハートリー流のユーモアと社会を見つめる批評眼が存分に活かされた、ある家族の波乱の20年を描いた愛すべきサーガである。

 2018.2.03

90年代に、真面目でピュアだけどヘンテコな作風で確実にファンを獲得していたNYのインディーズ監督ハル・ハートリー。作品は観ていなくとも、転がるような語呂のいい名前が耳に残っているという人もいるだろう。『トラスト・ミー』(1990)、『シンプルメン』(1992)、『愛、アマチュア』(1994)などで人気を博したが、インディーズシーンの商業化に拍車がかかった時代背景もあっていつの間にか名前を聞くことがなくなっていた。
 
そのハートリーが第51回カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した『ヘンリー・フール』(1997)も、日本で劇場公開されたのは2年後の1999年。結果、同作が日本で公開された最後の長編映画となって久しい(中編なら『ブック・オブ・ライフ』『はなしかわって』が上映されている)。
 
その『ヘンリー・フール』が、実は17年をかけて“三部作”として完結しており、日本語字幕を付けたパッケージとして発表し直したいとハートリー自身がクラウドファンディングを募ったのが昨年のこと。紆余曲折をくぐり抜け、ついに日本語字幕を含む5カ国語字幕を収録したBOXセットが完成。ようやく噂で聞くことしかできなかった三部作の全貌が明らかになったのでレビューしてみたい。
 

ダメ作家と詩人の物語に収まらない異色の社会派大作『ヘンリー・フール』

HARTLEY HFT SALES 006三部作で唯一日本で公開された『ヘンリー・フール』は、上映時間2時間17分というハートリー史上でも最長。カンヌで脚本賞に輝き、また熱心なファンがいる一方で、それ以前のハートリー作品より日本での人気が劣っていた気がするのは、おそらく大きな転換がはかられたからではないか。
 
初期の作風についてはハートリー自身が「恋に落ちた若者たちのメロドラマ」と表現している。いずれの作品も、社会や家族の中で居場所を見つけられない主人公が、恋に落ち、自分たちなりに善き人間になろうと葛藤する物語と言える。ハートリーは不器用な善人たちのピュアネスを描いて観客の心をつかんだのだ。
 
ところが『ヘンリー・フール』では、地べたを這うように暮らす欠損家庭が、堕落の権化のような男ヘンリー・フール(トーマス・ジェイ・ライアン)によって翻弄される姿を描いている。自称・天才作家のヘンリーは、ゴミ清掃人サイモンの前に突然現れてサイモン(ジェームズ・アーバニアク)の詩人の才能を開花させる一方、サイモンの姉フェイ(パーカー・ポージー)と母親を誘惑し、フェイとの間に子供を作り、次第に実は口だけ達者なダメ人間という本質を露呈させていくのだ。
 
HARTLEY HFT SALES 007カリスマ的ではあるけれど、女性に対して壊滅的にだらしなく、厄介な臭いをプンプンと放っている不遜なロクデナシ中年。聖人と悪魔と賢者と愚者を足してジンで割ったようなヘンリーの人物像は三部作を通じてほとんど揺らぐことがない。ヘンリー役のトーマス・ジェイ・ライアンとハートリーは実に強靭なキャラクターを作り上げたと言える。その毒性に、初期ハートリーのピュアな物語を期待していた公開当時のファンが戸惑ったとしても不思議はない。
 
ところが、である。およそ20年の歳月を置いて再見すると、ハートリーが『ヘンリー・フール』で描こうとしていたテーマがくっきりと浮かび上がる。ネットの台頭によるアートの変貌、イデオロギーで分断される価値観、社会全体を覆う閉塞感。本作は、クイーンズの片隅に生きる市井の人々を通して“1997年という時代”そのものを描いていたのではないか。しかもタカ派の台頭やインターネット時代の到来、貧困層における虐待問題など、2018年に観ると空恐ろしいくらい予言的な描写がいくつもある。ヒューマンコメディの皮をめくると、実に多層的で、これほど社会派の含蓄があったのかと改めて驚かされる。
 

無知な善人が世界と対峙する第二作『フェイ・グリム』

PARKER POSEY AS FAY IN HAL HARTLEY'S "FAY GRIM", 2006さて、9年後に発表された続編『フェイ・グリム』は、なんと国際的陰謀が渦巻くスパイスリラーに変貌を遂げる。これまた飛躍の大きさに戸惑うオールドファンもいるだろうが、これはこれでまごうことなきハートリー流のコメディだった。
 
主人公は、前作では三番手の扱いだったパーカー・ポージー演じるフェイ。シングルマザーとしてヘンリーとの子供ネッド(リーアム・エイケン)を育てていた彼女が、CIAエージェントのオルブライト(ジェフ・ゴールドブラム)から極秘任務を依頼されてヨーロッパに赴く。そして、行方不明の夫ヘンリーが書いた自叙伝「告白」に隠された暗号をめぐるスパイ戦に身を投じるのである。
 
THE SPIES: (L TO R) JEFF GOLDBLUM, MARK ZAK, JEWGENIJ SITOCHIN, SAFFRON BURROWS, & PETER BENEDICT『ヘンリー・フール』の社会派な側面を踏まえていれば、スパイスリラーへの大転換もすんなりと納得できる。前作ではクイーンズの下町の片隅にいたフェイは、平凡なアメリカ市民の代表として世界と向き合うことになるのだ。
 
フェイが“善き人”であろうとするハートリー流のヒロインであることは初期作と変わらない。大きく違うのは、フェイという主人公が他の作品ではあくまでも物語の背景だった社会問題や世界情勢の最前線に送られてしまうことである。
 
フェイというキャラクターを触媒に、ノンポリな庶民の伸びしろに信頼を寄せるハートリーのポジティビティは作品が持つ大きなメッセージであり、外の世界への興味や理解が急速に失われている現代にあって、より切実に感じられる。また、無知からの成長を体現するフェイを演じたパーカー・ポージーから発散される魅力とコメディエンヌとしての可笑しさは、彼女のベストアクトとして語り継がれるべきであると力説しておく。
 

サーガとしての円環から新たな一歩を踏み出す完結編『ネッド・ライフル』

HARTLEY HFT SALES 015そして完結編(とされている)『ネッド・ライフル』が作られたのは2014年。『ヘンリー・フール』ではまだ幼い子役だったリアム・エイケンが、成長したヘンリーとフェイの息子ネッド役で主演している。
 
ネッドは一家を離散に追い込んだ父親ヘンリーを憎み、復讐するために父親探しの旅に出る。さらにヘンリーとは因縁のある女性スーザン(オードリー・プラザ)も絡んでの珍道中の顛末は、正直なところ筆者にはまだ咀嚼しきれていない。が、『ネッド・ライフル』もまた、『ヘンリー・フール』フェイ・グリム』と同様に、いつかハートリーの先見性に気づかされる予感がしてならない。いま確実に言えるのは、『ヘンリー・フール』で撒かれていた種が芽吹き、大きく円環してひとつのサーガを形作り、さらにその先まで提示するラストが猛烈に感慨深かったこということ。この85分の小品は、きっと何度を観返すことになるだろうと思っている(単にリズムが心地いいという理由からも)。
 
ELINA LOWENSOHN AS BEBE KONCHALOVSKY WITH PARKER POSEY AS FAY GRIM IN HAL HARTLEY'S "FAY GRIM", 2006最後に付け加えておくと、『フェイ・グリム』にはエリナ・ローヴェンソンが、『ネッド・ライフル』にはマーティン・ドノヴァン、ロバート・ジョン・バーク、ビル・セイジ、カレン・サイラスと90年代のハートリー映画を支えた常連役者たちが総出演。ローヴェンソン以外は小さな役どころだが、この三部作がハートリー一座の総決算であることは間違いない。
 
われわれが永遠に恋をした『トラスト・ミー』のエイドリアン・シェリーも、生きていればどこかに顔を出していたのだろうかとついないものねだりをしてしまうのは、どうかオールドファンのわがままだと思って許していただきたい。
 

ヘンリー・フール・トリロジーBOXセット

ハル・ハートリー公式サイト(halhartley.com)で販売中
HARTLEY HFT SALES 003

 

【予告編】※クラウドファンディング用予告(2017)

 
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作品データ

製作年:1997、2006、2014

製作国:アメリカ

言語:英語

受賞:カンヌ国際映画祭脚本賞(『ヘンリー・フール』)

原題:HENRY FOOL TRILOGY

監督:ハル・ハートリー

脚本:ハル・ハートリー

製作:1997年、2006年、2014年

出演:トーマス・ジェイ・ライアン ジェームズ・アーバニアク パーカー・ポージー リーアム・エイケン ジェフ・ゴールドブラム サフロン・バロウズ エリナ・ローヴェンソン マーティン・ドノヴァン ロバート・バーク カレン・サイラス ビル・セイジ ほか

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