パブロ・エスコバル - 悪魔に守られた男

村山章の《今日のエスコバル》

「今日のエスコバル」第8回:エスコバルの大失恋。

悪名高き“史上最悪の麻薬王”パブロ・エスコバル。『ナルコス』『エスコバル/楽園の掟』など映像作品でもひっぱりだこだが、母国コロンビアがなんと全74話もあるドラマシリーズを作っていた! しかし1日1話ペースでふた月半、週一だったら1年半かかる大ボリュームを一体誰が観るのというのか? オレだ!総尺53時間9分コンプリートへのチャレンジを逐次報告します!

 2017.6.17

先日、ブライアン・クランストン主演の『潜入者』http://sennyusha.com/)を観た。FBIの潜入捜査官の手記を元にした実録もので、主人公が暴こうとしているのはメデジン・カルテルのマネーロンダリング疑惑。エスコバルは(一瞬しか)映らないが、裏社会に顔が利く富豪を装ってメデジン・カルテル幹部に接触し、ニセの婚約者まで仕立てて家族同然の付き合いをするという、にわかには実話とは思えない壮大な潜入捜査プロジェクトが描かれていた。
 
ここでもちょろっと出てくるのが、CIAとメデジン・カルテルが癒着していたという話。CIAがカルテルのマネーロンダリングに手を貸し、それで得た利益を諜報工作の費用にしていた、というのだ。FBIやDEA(麻薬取締局)がカルテルの摘発に躍起になっているのに、CIAが正反対のことをしている矛盾。いや、CIAは国外工作をする組織だから、麻薬戦争にはむしろ利用価値を見出していた、ということか。
 

【第八話:賄賂上等!エスコバル流選挙キャンペーンはじまる】

さて、ドラマシリーズの話に戻る。いよいよエスコバルが国会議員の椅子を狙って動き出す第八話……なのだが、なんでか冒頭は、前回ブラジルでチョメチョメしていたサンバダンサーズをお膝元のナポリス農園に呼び寄せて、カルテルの盟友であるモトーア兄弟らをピンク接待していたパーティーである。そしてけしからん気配を察した妻のパトリシアが、子供を連れて突然自家用ヘリで押しかけくるのである。
 
「まずい!このままじゃ乱痴気パーティーがバレる!サンバダンサーを隠さなきゃ!」
 
コレ、完全にコントでしょう。そういえば大河ドラマの「新選組!」では山南敬助が切腹に追い込まれる名エピソードの翌週に、近藤勇が妾を囲ったら本妻が訪ねてきててんやわんやって回をやっていた。あの落差は確信犯的で、凄味すら感じられたものだが、こっちのドタバタはちょっと小休止程度の軽さ。ただ、どんなに申し開きできない状況でも、逆切れしたり仕事の話を持ち出したり、強弁だけでその場を乗り切ってしまうエスコバルはさすが。夫にも上司にもしたくないが、理屈の通らない世界を仕切る器ではある。
 
冒頭11分かけて痴話騒動から夫婦の仲直りまで描いた後は、いよいよエスコバルの選挙活動がスタートする。
 
「ナルコス」ではエスコバルがカネと暴力をチラつかせて政治家を利用している雰囲気だったが、こちらのシリーズの政治家オルティスはもっと食えない狸親父。メデジン・カルテルの後ろ盾を得て票集めをするだけでなく、エスコバルを弟子扱いして優位に立とうとしている。危険な賭けだが、政治の世界ではヒヨッ子なエスコバルにとっては頼れる先輩だ。
 
前回も触れたが、エスコバルは清廉潔白を旨とする大統領候補ガランの政党・新自由主義党から出馬しようとする。真っ黒な麻薬王のくせに、ピュアな学生が活動家に憧れるようにガランのことを尊敬しているのだ。可笑しいのは、メデジンに遊説に訪れるガランを歓待したいエスコバルの張り切りっぷりで、「ガランさんを農園でもてなしたい、彼の好きな音楽と食べ物はなんですか? あとボディガードに内密に女好きかどうか訊いて欲しい」なんて言い出す。
 
これでは昭和の地方都市のヤクザの親分が、町にやってきた演歌歌手をもてなすのと変わらない。さすがに「政界ではその手は通用しない」とたしなめられるが、このエスコバルの田舎者っぷりは喜劇的であると同時に悲劇的で、しかもコロンビアを揺るがす最悪の事態の引き金となっていくのである。
 
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すっかり選挙モードのエスコバルに意見できるのは、もうママコバルしかいない。ガランを「いつも道理や美徳の話をしてる男ね」と評するあたり、さすがはエスコバル家のゴッドマザー。ママコバルはキレイごとが嫌いなのである。そしてガラン側もまた、エスコバルが自分たちと志をひとつにする輩ではないと見抜く。その結果、ガランは公衆の面前で「オルティスとエスコバルは党には入れないし、国会議員になることを許さない!」と宣言してしまうのだ。エスコバルの手痛い失恋。もはや悪女の深情け、ガランへの敬愛は憤怒と憎悪に様変わりする。
 
しかしエスコバルの怒り方がおかしい。「俺は貧乏から抜け出して地元のみんなのためにがんばってるのに、俺をねたむ奴らの中傷を信じやがって!」 ここでもエスコバルは自分が庶民の味方だと信じ切っている。相棒のゴンサロが「それは本当に中傷か?」と正論を吐く。自分を妄信しているエスコバルと、所詮自分たちは悪党だと言い放つゴンサロ。いやあ、ゴンサロはいつもカッコいいなあ。
 
さて、ガランの新自由主義党から出馬する計画が絶たれたオルティスもまったくめげていない。ガランがダメならもっと大物に尻尾を振ればよいと、首都ボゴダの大物政治家アロンソ・サントリーニをを訪ねると、蛇の道は蛇。サントリーニはエスコバルがかつて舎弟をやっていた地元の顔役と繋がっていた悪徳政治家だった! 悪と悪との思わぬ再会にキナ臭い匂いが立ち込めたところで第八話は了。とにかく札束を堂々とバラ撒いているムチャクチャな選挙戦と、冒頭の痴話コントが印象的な回でした。
 
 
イラスト:タカヤマヒサキ(http://hisabon.lolipop.jp/
 
※「パブロ・エスコバル – 悪魔に守られた男」はNetflixで配信中
https://www.netflix.com/title/80035684
 
※連載記事一覧はこちらから
http://www.shortcuts.site/column/todaysescobar

作品データ

製作年:2012年

製作国:コロンビア

言語:スペイン語

原題:Pablo Escobar: El Patrón del Mal