ホワイト・ヘルメット -シリアの民間防衛隊-

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内戦下の人々が見出したひとつの答え。 『ホワイト・ヘルメット -シリアの民間防衛隊-』

第89回アカデミー賞の短編ドキュメンタリー部門にNetflixオリジナル作品として『最期の祈り』と並んでノミネートされている本作は、苛烈な内戦が続くシリアで命がけの人命救助にあたるボランティア部隊「ホワイト・ヘルメット」に密着したもの。複雑な政治的対立が渦巻く中で毀誉褒貶が激しい彼ら。果たしてここに映っているのは真実の姿なのか?

 2017.2.15

悲劇の国シリアで生きるということ

シリアに「ホワイト・ヘルメット」と呼ばれる民間のボランティア団体がいて、内戦で瓦礫に埋まった人を助けている、という情報は2016年の間に結構紹介されたので知っている人もいるだろう。映画ニュース的なことを言えば、ジョージ・クルーニーが自らのプロダクションで映画化を企画しているという。
 
政府軍と反政府勢力、ISが勢力を三分し、隣のロシアやアメリカが主導する有志連合が空爆にやってくるシリアは南スーダンと並んで悲劇に悲劇を塗り重ねており、一般市民の犠牲は後を絶たず難民製造工場のような状態である。そんな中「ひとりの命を救うことは世界を救うことだ」と空爆現場に誰よりも早く駆けつけて救助活動にあたる「ホワイト・ヘルメット」が、地獄の中の一縷の希望と捉えられたことは当然だろう。彼らの活動は世界中に伝えられ、昨年のノーベル平和賞候補にもなった。Netflixが製作した短編ドキュメンタリー『ホワイト・ヘルメット -シリアの民間防衛隊-』はアカデミー賞にもノミネートされている。
 
ところが、だ。いま「ホワイト・ヘルメット」でネット検索をかけてみると、「ホワイト・ヘルメットの活躍は捏造」「テロ組織のプロパガンダ」「ヌスラ戦線の広告塔」といったネガティブな情報がわらわらとヒットする。非暴力・人道主義の団体は、シリアの現アサド政権や、アサド政権に協力的なロシアに対するアメリカサイドの宣伝活動だ、というのだ。
 

ホワイト・ヘルメットの活躍はなんのため?

こうなると政治が絡んできて随分とややこしい。「ホワイト・ヘルメット」に向けられた批判を読んでみると、憶測と悪意に満ちた誹謗中傷にも思えるし、デマだと反証している人もいる。ただ筆者は中東事情に明るいわけでもなく、むしろただの映画好きとして興味本位にこのドキュメンタリーを観たに過ぎない。ノイズがけたたましく鳴り響くネット内を右往左往したところで真相にたどり着けたりはしない。本稿のリードに「ここに映っているのは真実の姿なのか?」なんて大仰に書いたが、正直、この原稿がクエスチョンの先にたどり着くことはありません、ごめんなさい。
 
だが、冒頭のショットからしてとんでもないものが映っていることはわかる。ホワイト・ヘルメットの隊員たちが空爆されたビルの中に分け入り、埃まみれの瓦礫の中から次々と子供を救い出す。そこにまた爆撃の音が近付き、爆発音と絶叫とともに建物が崩れる。この一連が手持ちカメラのワンカットに収められてるのだ。
 
捏造だ、プロパガンダ、というのはたやすいが、目にしたものを信じるならこれは相当危ない撮影だし、それ以上に本当に危険な任務である。ひとりの隊員は「反政府軍として戦っていたが、武器を持つより人を救いたいと思った」と入隊の動機を語る。これがただのキレイごとでないことは冒頭のワンカットを観れば想像に難くない。ホワイト・ヘルメットという組織が中立だろうがなかろうが、どの勢力と近しい存在であろうとも、彼らは戦闘の最前線に飛び込んで人の命を救おうとしているのだ。
 
いや、それも捏造だ、という意見もあるだろう。百歩、いや、千歩くらい譲って、これが映像のトリックだとしよう。隊員役を仕込み、被害にあった子供たちを仕込み、瓦解したビルをロケ地に仕立て、爆薬をセットして緻密な撮影してみせたとしよう。随分手が込んだ宣伝映像ということになるが、決して不可能ではない。
 
じゃあこのシーンはどうだろう。爆撃を受けた建物に救助に駆けつけた隊員が住民の安否を訊ねて回る。ある一室に住んでいる男の様子がわからないと聞いて、上の階からベランダをつたって中に入る。部屋には誰もおらず、留守だったことがわかった瞬間、隊員は「よかった」と独り言を漏らすのだ。
 
ほんのわずかな一瞬だが、本作で大きく心を揺さぶられた瞬間だった。毎日のように死体の山が築かれる状況下で、見ず知らずの人の安否がわかった瞬間に漏れた「よかった」。これが演技であったら相当な名演技だろう。実際のところ、自分にはこれがフィクションであってノンフィクションであっても構わない。劇映画を観ていて思いがけない名シーンに出会った時のように、爆撃された町を走り回る彼のひとことを聞いて涙が出たからだ。
 

日常と戦争がぴったりとくっついた国のリアルとは?

別の隊員は、家族が住んでいる地域が爆撃にあったという知らせを聞いて、仲間に頼む。「大変だとわかっているが、自分の兄弟と息子を探してもらえないか? いや兄弟だけでいい、息子は兄弟が探すからと。ギリギリの緊迫感の中で暮らす彼らが、一体どんな覚悟で生きているのかが伝わってくる。
 
話が飛び火するが、『この世界の片隅に』を褒める際に「説教くさい反戦映画にはうんざり、戦争よりも日々の生活が描かれていてよかった」という論調が現実に存在する。筆者は『この世界の片隅に』を傑作と信じて疑わないが、あの作品で描かれる日常の裏にある喪失と悲しみの大きさを脇に置いて「反戦ぽくないからよかった」と言い切れる人たちの感覚はよくわからない。
 
『ホワイト・ヘルメット~』は、戦時下に置かれた人々が、どんな善悪の意識を持ち、何を優先して生きているのか。どうやって自分たちの尊厳を保とうとしているのかを描いている。そのことと、彼らが政治的にどんな立場にいるのかは関係がない。映画の中で「俺たちはどんな立場の人でも助ける」と断言している隊員や団体としてのスタンスを疑うのはそれぞれの自由だが、損得を超えたところで大事にしたいものを持った人たちの真摯なまなざしが見られただけでも、自分はこのドキュメンタリーに感謝したいと思っている。
 
 
※Netflixで独占配信中
 
【予告編】

 
【視聴リンク】
https://www.netflix.com/title/80101827

内容・あらすじ

内戦が続くシリアで人命救助にあたる民間組織「ホワイト・ヘルメット」の活動と、隊員たちの人生模様に迫るドキュメンタリー。第89回アカデミー賞で短編ドキュメンタリー部門にノミネートされている。

作品データ

製作年:2016

製作国:イギリス

言語:アラブ語、英語

時間:41min

原題:The White Helmets

監督:オーランド・フォン・アインジーデル