ガールフレンド・エクスペリエンス シーズン1

amazon

“マッドマックスのあの娘”が娼婦ビジネスはじめました。『ガールフレンド・エクスペリエンス』

ソダーバーグ・フリークも困惑させた問題作から7年、あの『ガールフレンド・エクスペリエンス』がソダバ自身のプロデュースでドラマシリーズ化。コールガール業でのし上がろうとするヒロインのアンチヒーローっぷりが際立つ、オリジナルを軽々と越えた怪作だ。

 2016.9.13

【まず元ネタになったオリジナルの話】
 
オスカー受賞の名監督であり業界のトリックスターでもあるスティーブン・ソダーバーグには、『トラ・トラ・トラ!』降板前の黒澤明がプロの俳優でなく企業重役のオジサンをキャスティングしようとした逸話にも似た“現実のリアルを映画に取り入れたい!”期があった。
 
例えば総合格闘技家のジーナ・カラーノを抜擢したアクション映画『エージェント・マロリー』(2012)。下積み時代にストリッパーをやっていたチャニング・テイタムが男性ストリッパーに扮した『マジック・マイク』(2012)も同じ系譜に入る。その路線の最たるものが、ポルノ女優のサーシャ・グレイを起用して現代の高級娼婦の世界を描いた『ガールフレンド・エクスペリエンス』(2009)だった。
 
ソダバはハードポルノを撮るためにグレイを起用したわけではなく、濡れ場要員を欲していたわけでもない。実際に映画を観るとグレイは普通に演者として扱われていて、ソダバが求めたのはグレイのエロスを売りにしながらも(しかもかなりのハードコアスタイルで)知性や品性を失わない存在感だったのだろう。
 
ただ、この時期のソダバは“スタイリッシュ過剰”期でもあった。ハイソ向けのエスコートサービスを通じて政財界を動かすエグゼクティブ層を俯瞰し、時代の空虚さを浮き彫りにするというコンセプトはわかる。それはわかるのだが、映像ポエムと言いたいフワフワとしたオシャレ感ばかりが悪目立ちして「気取った鼻持ちならない映画」に見えてしまったのだ。
 
異論反論あるでしょうが、ソダーバーグは追い続けねばならないと思っている筆者のようなファンにとってさえ、初代『ガールフレンド・エクスペリエンス』は限りなく失敗作に近い大問題作として映ったし、批評面・興行面ともに実績は残せなかった。
 
【生まれ変わった『ガールフレンド・エクスペリエンス』】
 
その後、テレビに活動の軸足を移したソダバは『ガールフレンド・エクスペリエンス』をドラマシリーズとして復活させようと立案。本人は製作総指揮に回り、『クリーン、シェーブン』(1993)のロッジ・ケリガン監督とマンブルコア界隈から注目を集めた才媛エイミー・サイメッツをクリエイターに抜擢、ケリガンとサイメッツの共同脚本・監督による新『ガールフレンド・エクスペリエンス』を始動させたのだ。
 
オリジナルとストーリー的な関連はない。共通点は主人公が“チェルシー”と名乗るコールガールであること、高級エスコートサービスとエグゼクティブの世界を描くコンセプト、ソダバと旧知のスティーブン・メイズラーが撮影監督を務め、ソダバらしい硬質でスタイリッシュなビジュアルが踏襲されていることか。
 
主人公はロースクールに通う若く美しいエリート女性クリスティーン。一流法律事務所のインターンに採用され、大企業を顧客にした特許弁護士を目指しているのだが、友人から時給10万円単位のエスコートサービスに誘われ、コールガール“チェルシー”という裏の顔を持つようになる。
 
クリスティーン役を際どいヌードシーン満載で演じたのはライリー・キーオ。エルビス・プレスリーを祖父に持つ27歳、というより『マッド・マックス 怒りのデス・ロード』で赤毛で心優しいケイパブルを演じていたあの彼女です、と言った方が通りがいいだろう。
 
【手段を選ばないヒロインのピカレスクロマン】
 
クリスティーンの面白さは、観客の共感や感情移入を拒絶するサイコパス的資質を持ったビッチであること。サイコパスは言い過ぎかも知れないが、自分の性欲を全肯定し、ステイタスと富に執着し、自分以外の誰も信用せず、のし上がるためなら手段を選ばない。凶悪犯罪の衝動に駆られることはないにしても、一般的な良心の呵責から解き放たれたモンスターだと言っていい。
 
世間慣れしていない大学院生が、美貌と知性とセックスを武器に大都会という名の荒野でサクセスを目指す。どうしても殺伐とした話にならざるを得ないが、陰惨さを感じさせないのは彼女が殺伐とした世渡りを意にも介さず、むしろ居心地の良さすら感じているから。共感度の低さはむしろ本作の注目ポイントであり、どこまでもわが道を進んでくれよと応援する気持ちすら芽生えてくる。
 
とはいえコールガールのビジネスも競争率の高い弁護士事務所のインターンも薄氷を踏むような危なっかしさが付きまとう。次第にクリスティーンのコントロールが及ばなくなり、表のキャリアも裏のビジネスも崩壊の淵へと追い詰められていく。
 
いくつもの伏線が絡み合い、ドミノ倒しのように転落へと向かうサスペンスタッチのプロットはシリーズ物ならではだが、実は本作の凄味はストーリーの盛り上がりとは別のところにある。なにせクリエイターのサイメッツとケリガンは、物語上の山場を13エピソードあるうちの中盤に持ってきてしまうのだ。
 
【シリーズ物の定石を無視し、“物語”ではなく“事象”を描く】
 
ドラマだからこうなる、という教科書通りの構成は破棄され、いくつかの伏線は膨らむことなく放置され、気がつけばクリスティーンを取り巻く事象がただただ描写されていく。例えばAmazonであるエピソードについて書かれたストーリー紹介はたったの2文(どの回も2文だが)。
 
「クリスティーンは両親の結婚30周年を祝うパーティーに出席するために故郷に帰る。家族は彼女の帰宅をあまり喜ばない。」
 
26分間(いずれのエピソードも30分以内)、本当にこれだけの回なのだ。どこにでもありそうな家族の風景。しかし観客はこの家族に漂うアンバランスさを、淡々とした語り口の水面下に渦巻く葛藤や過去やこんがらった人間関係の一端を感じ取ることができる。
 
なぜクリスティーンは身体を売るのか? サイメッツもケリガンも答えを求めようとはしていない。ただこんな女性が、こんな人間たちがいるのだ、という感触と、とことん自分を押し通したヒロインが行きつく先が提示されるのである。説教もなければ教訓もないラストには清々しさすら感じたし、突き放したような冷たさを持つソダバのオリジナルをさらに深化させた傑作だと思う。
 
すでにソダバ、サイメッツ、ケリガンの同じ布陣でシーズン2の制作も決定済み。ただし続編ではなく、また別の女性を主人公を据えた物語になるとのこと。今度の彼女も“チェルシー”と呼ばれるかはわからないが、刺激的なヒロインを生み出す壮大なアンソロジーとしてまだまだ続いて欲しいシリーズだ。
 
【参考:コールガールの料金表】
 
おまけとして劇中に登場するエスコートサービスの料金表を貼っておきます。
これが高いか安いかは、ドラマを観てご自身でご判断いただければ。
 
2 hour lunch and private time 2000
4 hours and dinner 5000
a couples dinner with private time 6000
an overnight 8000
a weekend getaway 15000
 
※いずれも単位はUSドル
 
 
©2016 Starz Entertainment LLC
※Amazonプライム・ビデオにて配信中

内容・あらすじ

シカゴのロースクールに通うクリスティーンは、難関である名門法律事務所のインターンに採用される。一方でクラスメートからエスコートサービスの顧客を紹介され、富裕層のエグゼクティブ相手にまるで恋人のように過ごす時間を提供する高級コールガールとなる。野心家のクリスティーンはエスコートサービスの元締めと袂を分かち、コールガールビジネスと事務所内のパワーゲームを掌握しようと考えるが……。

作品データ

製作年:2016

製作国:アメリカ

言語:英語

原題:The Girlfriend Experience

監督:エイミー・サイメッツ、ロッジ・ケリガン

脚本:エイミー・サイメッツ、ロッジ・ケリガン

製作:スティーブン・ソダーバーグ、他

出演:ライリー・キーオ ポール・スパークス メアリー・リン・ライスカブ エイミー・サイメッツ