『ブルー・リベンジ』『グリーンルーム』という２本のバイオレンス・スリラーで脚光を浴びたジェレミー・ソルニエの３年ぶりの新作は、ウィリアム・ジラルディという作家の小説に基づく初めての原作もの。『ブルー・リベンジ』の主演も務めたメイコン・ブレアが脚色を手がけ、彼の兄たちであるブルック＆ウィル・ブレアがソルニエの前２作に続いて音楽を担当している。
　
『ブルー・リベンジ』『グリーンルーム』はそれぞれ題名に含まれている“青”と“緑”がビジュアルのキーカラーになっていたが、雪に覆われたアラスカ州を舞台にした『ホールド・ザ・ダーク　そこにある闇』は“白”の映画である。ダイナミックな空撮を交えた大自然の風景が見どころのひとつになっているが、より重要なのは“ダーク”、すなわち“闇”の暗黒がじわじわと画面を支配していくことだ。
　
動物行動学の研究家であり、狼に関する著作も発表している孤独な中年男ラッセル・コア（ジェフリー・ライト）のもとに奇妙な手紙が届く。差出人はアラスカの市街地から遠く離れた辺境の集落に暮らすメドラ・スローン（ライリー・キーオ）という女性。彼女の幼い息子が自宅の庭に忍び込んできた狼にさらわれたため、狼の生態に詳しいラッセルに助けを求めてきたのだ。現地を訪れたラッセルは狼の調査を始めるが、挙動の怪しいメドラは忽然と姿を消してしまう。さらにイラクの戦場から舞い戻ってきた彼女の夫ヴァーノン（アレクサンダー・スカルスガルド）が残虐な事件を引き起こし、ドナルド（ジェームズ・バッジ・デール）をリーダーとする地元警察が出動する事態に発展していく。
　
これは大量殺戮映画であり、中盤にはドナルドの部下である警官十数人がマシンガンで皆殺しにされるバイオレンス・シーンが炸裂する。ＣＧのみならず特殊メイクを駆使したソルニエ流の生々しい人体損壊描写は、今回も健在だ。というかNetflixから得た予算が前２作以上に潤沢だったのか、明らかに質量共にグレードアップしている。しかし、それとは別の大きな問題点がある。プロットがあまりにも異様で不可解なのだ。
　
両親をギャングに殺された青年の復讐劇が空回りしていった『ブルー・リベンジ』も、貧乏パンクバンドが山奥のライブハウスでネオナチ軍団とのいざこざに巻き込まれた『グリーンルーム』も異様なストーリーではあったが、今回はそれどころではない。序盤は薄幸の美しき人妻メドラに肩入れしたラッセルと、荒野に棲みついた狼たちとの闘いのドラマを予感させるが、メドラの謎めいた失踪を皮切りに、次々とこちらの予想を裏切る展開を見せていく。それは観る者を驚かせるための作劇上のツイストのレベルではない。もはや人智を超えた何かによって狂わされたかのように、内に闇を抱えた人間たちが引き起こす血生臭い惨劇が描かれていく。
　
たとえラスト・シーンを見届けても、劇中で大量殺戮を犯す登場人物の動機や感情を理解できる観客は、筆者も含めてほとんどいないだろう。なぜなら、これはアラスカという特異な土地柄や先住民、狼などにまつわる神秘主義的な領域の物語であるにもかかわらず、本作はその説明を放棄しているからだ。ここで描かれるアラスカはほとんど魔境であり、都市生活者が憧れるようなロマンはどこにもなく、法律もモラルも通用しない。そんな観ているこちらの困惑などお構いなしに、高濃度の不穏なムードをまとった“白”と“闇”の映像世界を創出したソルニエ監督は、容赦なくエスカレートする不条理な暴力と虚無の果てへと映画を突き進ませていく。それにしても後半、スカルスガルドが顔に被る、狼を模した木製の仮面はいったい何なのか。これはひょっとすると、悪魔憑きならぬ“狼憑き”の呪いを描いた変種のホラー映画なのかもしれない。
　
ストーリー展開やキャラクターの行動原理が腑に落ちない作品が苦手なタイプの人には噴飯ものの怪作だろう。その点に比較的寛容である筆者のような観客も、ああ、いったい自分は何を見たのだろうと、しばし呆然とさせられること必至。それでも映画体験としてのインパクトは強烈極まりない一作である。
　
※Netflixオリジナル映画
『ホールド・ザ・ダーク そこにある闇』
独占配信中
　
【予告編】

　
【視聴リンク】
https://www.netflix.com/title/80157072

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