The Blackcoat's Daughter
高橋諭治の《輸入盤が恐ろしい!》
悪魔に魅入られ、はかなく破滅していく美しき少女たち
キリスト教圏におけるホラー映画の最もポピュラーな題材は、言わずと知れた“悪魔”である。このジャンルの古典的な代表作『エクソシスト』がそうであったように、狡猾な悪魔はしばしば十代の少女に狙いを定め、その不安定な心の隙間につけいって取り憑き、意のままに操って血生臭い惨劇を引き起こす。『February』という別タイトルでも知られる2015年のカナダ&アメリカ合作映画『The Blackcoat’s Daughter』も、まさにそのような筋立ての恐怖映画なのだが、ステレオタイプな描写がほとんど見当たらない異色の悪魔憑きホラーになっている。
それもそのはず本作の作り手は、しばらく前にこのサイトで紹介したNetflixオリジナル映画『呪われし家に咲く一輪の花』のオズ・パーキンス。物の哀れさえ感じさせるアーティスティックな映像美学で、幽霊屋敷ホラーに新たな視点をもたらした新進監督が、それに先駆けて撮り上げていた長編デビュー作なのである。ちなみにこの人、本原稿を書くために改めてプロフィールを調べてみて知ったのだが、何と『サイコ』で名高い俳優アンソニー・パーキンスの息子なのであった。
凍てつく田舎町のキリスト教系寄宿学校を舞台にした『The Blackcoat’s Daughter』は、冬休みになっても家族が迎えに来ず、学校に居残ることになった少女ふたりの物語だ。年長のローズは夜中にこっそり男子と遊びに繰り出したりする普通の女の子だが、地味で内気なキャサリンのほうはどうも様子がおかしい。何かを尋ねられても消え入りそうな声で不可解な言葉をつぶやくばかりで、虚ろに宙を泳ぐ目つきは夢遊病者のよう。そう、キャサリンこそは悪魔憑きの被害者なのだ。
この映画には3人目の主人公が登場する。どこかの病院を脱走し、深夜のバスターミナルのベンチにたたずんでいるところを親切な中年男とその妻に拾われた20代の女性ジョーンである。中年夫婦の車に乗せてもらったジョーンは、暗黒の宿命に吸い寄せられるかのようにキャサリンとローズの寄宿学校があるブラムフォード方面へ向かう。
この時点ではキャサリン&ローズ、ジョーンをめぐるふたつのエピソードの因果関係はわからない。しかし時間軸に“ひねり”を与えた巧みなオリジナル脚本により、中盤以降、大小さまざまな衝撃を伴う真実が明らかになっていく。純真な少女が悪魔に憑かれるというありきたりな物語が、一枚ずつ秘密のベールを剥がす上質なミステリー劇のように展開し、ひとときも目が離せない。
こうしたトリッキーなストーリー構成が本作の最大の特徴なのだが、撮影監督のジュリー・カークランド、音楽のエルヴィス・パーキンスといった『呪われし家に咲く一輪の花』と同じ主要スタッフを率いたオズ・パーキンス監督は、長編第1作にしてプロダクション全体を完璧にコントロールし、堂々たる作家性を発揮している。
全編が静寂に支配された映像世界は、何も起こらない場面すらこのうえなく不気味。悪魔のヴィジュアルはキャサリンにまとわりつく黒い影として仄めかす程度にとどめつつ、終盤には唐突なタイミングのショック描写を連打し、実際に流れる血の量よりもはるかにおぞましい恐怖を創出している。どうおぞましいかは観てのお楽しみだが、これほどスタティックな演出スタイルが徹底された作品に、まさか“生首”がいくつもゴロンと転がる異常な光景が盛り込まれていると想像できる者はどこにもいないだろう。
そして本作はエマ・ロバーツ、キーナン・シプカ、ルーシー・ボーイントンといううら若き主演女優3人が、とてつもなく魅惑的だ。悪魔憑きに関わってしまったヒロインたちの狂気と脅え、どうしようもない哀しみを体現したそのアンサンブルは、このジャンルにおいて傑出したレベルに達している。さらに言うなら、これほど恐ろしく、はかないほど繊細な美しさを宿した悪魔憑きホラーには滅多にお目にかかれないと断言できる。
【『The Blackcoat’s Daughter』予告編】